ネイルを塗られた(嘘)

バイトの帰りに駅前のサンマルクカフェに行ったら(チョコクロが食べたかったのだ)、隣の席の40代くらいの男の人にネイルいいですねと声をかけられてうれしかった。男性はこのあたりでネイルサロンをやってるらしい。めずらしく爪を塗ってる男性を見て嬉しかったそうだ。マニキュアのメニューもあるらしく、お店に来たらお試しで無料でマニキュアを塗ってくれると言っていたのでついていくことにした。

駅の構内を歩いているあたりでこんな知らない人にホイホイついて行っていいものだろうか、マルチ商法とかではないだろうかとじわじわ心配になってきた。普段なら知らないおっさんに話しかけられてもそそくさと立ち去るところだが、ネイルを褒められたことでガードが少し緩んでしまったし、なにより彼も爪に色が塗られていたから信頼してしまった。

大きな道路沿いをずんずん歩き、つきました、と彼が指差した先は雑居ビルと雑居ビルの間にある小さな公園だった。混乱している私を彼はささ、どうぞとベンチに座らせ、かばんからおもむろにマニキュアの瓶を出した。暗い青色のネイルで、ピンク紫っぽいパールが入っていて結構好みの色だった。彼は私の右手をとり、人差し指にさっとマニキュアを塗った。

このあたりまで、私はなんというか男性のペースに飲まれてただネイルを塗られてしまっていたのだが、だんだん落ち着いてきてこれはやはりやばいと思い、人差し指を塗り終わったあとでにすいません用事を思い出したので帰りますと言って逃げた。男性は追ってこなかった。乗換駅まで電車で帰り、落ち着くまで地下街を歩いてからバスに乗った。

バスが最寄りにつく頃には日が暮れていた。バス停から自宅まで歩いている途中、街灯の下で青い爪がキラキラと光り、立ち止まった。怖かったといえば怖かったが、塗られたマニキュアの色がきれいで好きだからどんな気持ちになっていいのかよくわからない。明かりの下でしばらく人差し指を眺めていたが、固まっていたはずのマニキュアは急にうるうると雫のかたちになって指から垂れ落ち、路面をすべって下水道の金網に落ちていった。